2005年5月のアーカイブ

疑問だらけの堀内采配

2005年 5月 14日

勝敗はともかく、采配がひどすぎる。
・去年チーム最多安打を打った清水を開幕からスタメンに使用しなかった。
・打てない上に守りもたいしたことのないキャプラーをまだ使っている。
・投手交代のタイミングがめちゃくちゃ。中継ぎぼろぼろ。
この三つは代表的なものというよりも、適当に選んだもの。でまあ、これらを総合していくと何が見えてくるか。本人は「頑固」にやるんだといっているが、間違ったことにいつまでも固執するのは、「頑固」ではなく「意固地」という。柔軟な考えができない人間が監督をやってはいけない。人を使うというのはそういうことだろう。
だから今年の巨人は「どうして負けるんだろう」ではなく「負けるべくして負けている」のである。戦力的に投手力が劣っているのは確かだが、最下位になるほどの不足ではない。となれば指揮官およびスタッフの問題だ。なによりも選手のやる気をなくすような「意固地」な連中は不要な上に害悪だ。解任される前に辞任しろよ、堀内。

新聞記者

2005年 5月 7日

定期巡回しているサイト(ブログ)でJR西日本関連の話題が取り上げられている。私が興味をもって読んでいるのは、新聞記者への批判。わかば日記では「われわれは(とくに被害者関係者は)マスメディアに対して「JR西日本を罵る権利」を付託した覚えはない。」と書かれているが、同感だ。思い出せば雪印のときも社長にけんか腰で「こっちも寝てないんだ」と罵った記者がいた。新聞は社会の木鐸というのは、もはや名実ともに死語であるが、要するに「われわれは社会のために悪を追及している。だから舌鋒鋭く批判していいのだ」というとんでもない思い込みを持っているのではないだろうか。と、思ったが、そこまで深く考えているわけではないのかもしれない。ただ単に大事故や事件に興奮し、その当事者あるいは加害関係者を目の前にして相手を責める快感に酔いしれているだけのこと、そんな気がする。しかも、興奮して罵声を浴びせている記者本人は「個人」というよりも「新聞記者」(隠れ蓑)という特殊な存在になっているわけだしね。羽織ゴロの時代と何も変わっていない、あるいは悪化している。少なくとも相手が自分の失礼さ無礼さ傲慢さに反論できない弱い立場であるのを承知でやっていることだけは間違いなかろう。こういう連中に限って反撃する力を持つ相手には弱腰、というのもまた通例なのである。

遠友

2005年 5月 3日

パソコン通信時代からの知り合いである蓑田氏とようやく会うことができた。初めてネットで会ったころは大学生だった氏もいまや中堅社会人。会社のことやら日常生活やら思想やらをえんえんと楽しく話した。割とシャイな感じではあったが、折り目正しい立居振舞は昨今の同年齢と比べると好感がもて、まさに「友」として遇するにふさわしい。お互いにネットでの活動はかなりゆるくなっているものの、こういう知己を得られただけでもパソコン通信なるものをやった価値がある。それにしても私はすっかりと老齢化がすすんでいるため、「たっぷり」語るほど起きていられなかったのが残念。まあ東京にでてきたのだから、これからは気軽に会うことができるだろう。それがなによりうれしい。と思ったら、こんなことを書いてやがる(笑)。俺は右翼じゃねえって。

GWとはいえ

2005年 5月 1日

やることはいろいろあるし、会社勤めとはちがって飛び石だし。合併号があることがせいぜいの救いかしらね。ジャイアンツは相変わらずだし(今日は野間口で勝ったけど、雨天コールドだし)。梅雨を控えてしばらくは仕事、仕事、仕事。


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